人材誘致こそ地域再生の鍵 産経新聞 2002年 9月 16日 「正論」 |
生物棲まなくなった大都会この夏、ちょっと嬉しい経験をした。私は猪苗代に小屋があり、東京の仕事に疲れると癒しに出かける。静かな木立の中できれいな空気を吸うとそれだけで生き返る。 滞在中は自分で料理をつくる。いつもは近くのスーパーで買っていたのだが、この夏、地元の人に教えられて農家が朝採った野菜を野菜市で買ってみた。そのトマト、キュウリ、ナス、シシトウ、アスパラの味と歯ごたえが全く違う。スーパーには恐縮だが、同じ名でもまるで別の食材だ。 子供の頃、どこかで食べた淡い記憶が蘇る。昔はこれが当たり前だった。今は大都会だけでなく地方でも効率的な流通システムで買う食材からは素朴な自然が消えた。供給の種類、時間、量を満たすため、農薬をつかい、装置で栽培し、保蔵し、化粧して店頭に出す。 都会では最近、ゴキブリ、蠅や蚊が居なくなった。自然が消滅して住めなくなったのだろう。必死で生息しているのはいまや人間だけになった。ところが、日本列島を成層圏から見るとおそらくそこには恐るべき構図が浮かび上がるはずだ。それは生物がもっとも棲みにくくなった大都会、とりわけ東京に、仕事やお金が集中し、全国各地は今やこうした経済資源が枯渇して凍死しかねない状態に陥っている。 豊かな自然と健康な環境地方の人々はそこで中央政府に補助金や公共工事を懸命に要請している。しかし、経済全体が低迷しているため、中央政府の財源も不足する一方で、全国には暗澹たる無力感が漂い始めている。一見深刻なこの構図の裏にある大変な可能性を、私たちは見落としてはいないだろうか。 東京など大都市で働く多くの人々は、非人間的な生活に耐えながら急速に高齢化しつつある。この人々にも健康的で恵まれた生活をする権利はあるはずだが、アクセスがない。一方、一見凍死しそうな全国の地方には豊かな自然と健康な環境がある。この二つを結びつけることができれば、日本の高齢社会は、世界でももっとも健康で豊かな社会を実現できるはずだ。 問題は、全国各地で不況を嘆いている人々が、この可能性に気づくかどうか、そして自らの地域の魅力を自覚し、磨き、東京など大都市で劣悪な生活を強いられている人々のために、退職後に移り住みやすい開かれた地域の条件を整備できるかどうか、である。 地域の魅力というとこれまでは一過性の観光客への魅力だけを考える傾向があった。名勝、名物、温泉旅館を魅力と考えるのがこれまでの観光だった。しかし、時代の変化、社会の成熟とともに観光も進化してゆく。成熟国の観光は、見物より参加、訪問より長期滞在へと変わりつつある。高齢化が進めば、その先は当然、生活の質を求めて定住ということになるだろう。 問われる生活条件の競争力そうした人々のウォンツ(願望)に、全国の地方はどう応えればよいか。各地にはすばらしい条件がある。澄んだ空気。きれいな水。静けさ。新鮮な食材。汚染されていない環境。山、川、温泉、湖、海などの自然。独自の文化と歴史。これらの条件を組み合わせて外部の人々にも開かれたコミュニティや居住環境を整備することができれば、それがそのまま地域の競争力になる。これから問われるのは、人々が是非住みたいと思うような生活条件の競争力なのである。 現役生活に区切りをつけ、大都市から移り住もうとする人々にとってもっとも重要な条件は、安心と健康である。安心の核は住宅などの財産の保全である。多くの人々の唯一最大の資産は住宅であり、移り住んだ土地で、年齢をとり、健康状態に合わせて住まいを替えなくてはならない時がきても、住宅が適正な価格で売れ、あるいは貸せるという条件が整備されていれば人々の経済的な安心は確保される。 健康については、新鮮な食材と空気と水が最良の条件だが、もし病気になっても信頼できる医師や病院に必ず紹介してもらえることが重要だ。そのためには、地域の医療機関や健康関連施設や専門家が情報を共有し開示し人々にわかりやすく提供する体制を整備する必要がある。 これからの時代の地域の発展を左右するのは、人々を誘致する競争力であり、そのためには住宅と健康情報の整備が鍵を握る。政府はいま全国に特区構想を呼びかけているが、全国各地の政策関係者や事業家達が、大都市の人々を招き入れるこのような環境条件を整備するために特区を構想されることを提案したい。 |